快傑えみちゃんねる 1999年04月12日 放送回
三田佳子と斉藤由貴の共演は一度だけ。“おいしい結婚”で母娘を演じた。VTRが流れると「姉妹みたいなお母さんだったから恥ずかしいわ」と三田。斉藤は三田がスタジオに現れると「まわりの空気がガラリと変わるのにビックリしました」と当時を振り返る。
斉藤は横浜生まれ。4人兄弟の3番目。帯職人の父親はとてもしつけが厳しかった。「子供たちの仕事もちゃんと決められて、大変でした」。小学生の時のアダ名はでっちり。「いつもお尻をつき出して歩いていたから」。文学少女で「おませで頭でっかちな作文を書いてました」。運動は水泳が得意。ただし球技はまったくダメ。中学入学前日には、タクシーにひかれて入院。ベッドに寝たきりだったので、すごく太ってしまった。
三田も子供の頃、自転車に乗っていて、バスの後輪に巻き込まれた。「本当なら即死。まだ小柄だったので無傷で済みました」。そんな少女の初恋相手は、算数の得意な同級生だった。 「テストの時、そっと答えを見せてくれたんです。気持ちはうれしかったけど、カンニングはしなかったですよ」。友達の踊ってくれたウサギのダンスが可愛くて、中学では演劇部に入った。高校生になると、いくつもの映画会社からスカウトの声がかかった。「でも、大映はグラマー女優路線。東宝は学校をすぐに辞めることが条件だったので断りました」。選んだのは東映。「水着で1枚だけ撮影しました。あの写真、どこへいったのかしら」とクスクス笑う三田。 ▲ 斉藤の芸能界入りしたきっかけは、弟(俳優の斉藤隆治)が応募してくれた写真。週刊誌のミスグランプリに輝いた。「芸能界に憧れていたお母さんがすごく喜んでくれた」。初主演映画“雪の断章・情熱”では相米慎二監督にシゴかれた。 「ゴミとかタコとか呼ばれて、角材や竹刀で殴られました」。 たったワンシーンを百回も繰り返しリハーサルさせられたこともあった。
1年がかりで撮影し“優駿”も印象深い映画。共演した競走馬オラシオンは、現在北海道の牧場で暮らしている。そこで久本朋子がリポーターとなって近況を伝える。十数年ぶりにオラシオンの雄姿を見た斉藤は思わず「懐かしい!」と歓声を上げた。 ▲ ともに女優であると同時に主婦でもある。三田はさらに2人の息子の母親でもある。長男(森宮隆)は母親と同じ役者の道を選んだ。「いろいろ教えたいのに、ちっとも聞いてこない」のがちょっと不満。 結婚25年目。「いかに美しくてカッコ良く老いていくかを日夜考えています」。
斉藤は結婚5年目。ご主人とは知り合って10日ぐらいで「ああ、この人と結婚するんだって直感しました」。新婚半年間はアメリカで暮らした。 「これまでの人生で最高に楽しかった」。子供は欲しいが「自然に任せることにしています」。仕事面では最近5年ぶりにレコーディングをしたばかり。
一方、三田は5月いっぱい大阪で舞台(松竹座)を務める。 また、2年がかりで瀬戸内寂聴訳“源氏物語”のオーディオドラマ化にも取り組んでいる。その録音スタジオに大澄賢也が光源氏にふんして、豪華弁当の差し入れに訪れた。ところが三田からおすそ分けしてもらってニッコリの賢也君であった。
