快傑えみちゃんねる 1999年05月17日 放送回
「デビュー当時、よく似てるって言われたのよね」。えみちゃんから同意を求められて、片平なぎさも「そうなんですよ」とこっくり。
彼女がオーディション番組の草分けとなった“スター誕生”からデビューしたのは14歳の時だった。応募したクラスメートが急に辞めると言い出して、片平が代理で出場した。「友達の名前のままだったから、決勝大会前に泣きながら本名を告白したんです」。7、8社のプロダクションがスカウトのプラカードを上げてくれた。
同期の歌手は細川たかし、岩崎宏美、太田裕美、小川順子(引退)ら。「みんな歌が上手かったから、岡田奈々ちゃんと肩身の狭い思いをしていました」と笑う。とにかく歌うのがイヤだったので、3年我慢したら芸能界を辞めるつもりでいた。そんな時に出会ったドラマ“スチュワーデス物語”の役柄が大きな話題を集めた。
「でも、敵役だったので子供たちから石を投げつけられたことも」。そして今や、2時間ドラマの女王と呼ばれるまでになった。「最初の頃はバカにされている気がしたけど、今は素直にありがたいと感謝しています」。ロケが多いので年間8カ月は地方へ出かけている。オカルトめいた恐怖体験もしばしば。
「京都のホテルではお婆さんの幽霊にほっぺを叩かれました。負けずにこちらも言い返したら消えちゃったけど」。鹿児島で特攻隊のドラマを撮影していたら、右足が原因不明の激痛に襲われた。「それが神社で手を合わせた途端に、嘘のように直りました」。
かたや沢口靖子は「霊感はほとんどないんです」。ドラマの中国ロケで出演者やスタッフの大半が恐怖体験を味わったのに「最後まで現地にいたのに何も見ませんでした」。そんな彼女も芸能界入りでは強運をいかんなく発揮した。高校3年生の時に「軽い気持ちで応募した」第1回東宝シンデレラに3万1653人の中から選ばれた。 ▲ 「受験生だったから合格の文字がすごくうれしかった」。デビュー映画“刑事物語”では武田鉄矢と共演した。「金八先生そのままでした」。セリフは長崎弁。大阪で生まれ育った沢口は、アクセント辞典と首っぴきで練習した。「電話をかけるシーンでは30回ちかくNGを連発しました」。大変といえば映画“竹取物語”では重い十二単を着た。「着るというよりは、私が衣装の中にすっぽり収まる感じでした」。
さすがにその時は暑さに苦労したが、実は冷え性。夏でも靴下は欠かせない。笑い上戸で一度笑い始めると止まらない時がある。休みは部屋でCDを聴いたり、本を読んだりしている。「公私共に沢口靖子さんなんですね」とえみちゃんは感心しきり。
片平は舞台で腰を痛めて以来、1日1万歩のウォーキングを心がけている。「室内歩行器も買ったけど、飼い猫がじゃれつくものだから」部屋の飾りになっている。飼ってはいないが爬虫類、とりわけヘビが大好き。ロケ現場の山中でで見つけると「つい触ってみたくなるんです」とは意外な一面。ホテルの部屋に連れ帰って、ベッドで一緒に寝たことがある。翌朝、目覚めると脇の下でとぐろを巻いていた。
「あとで図鑑で調べたら、毒ヘビでした」。熊本ロケでは日本一と思えるマッサージ師に出会った。「とにかく気持ちいいんです」。そのマッサージ師の丸尾和俊さんにスタジオに来てもらい、片平、沢口、そしてえみちゃんも肩をもんでもらい恍惚の表情に。
片平も沢口も30歳を超えて、いまだ優雅なシングル生活を満喫している。「もう何年も恋人はいないですよ。もうパッタリと来なくなったわ」と苦笑いの片平。以前は結婚したら引退と思い込んでいたが、現在は「仕事はずっと続けていきたい」。沢口は「仕事が忙しくて、しぜんとここまで来た感じ。でも、いつも好きな人がいるようにしたい」と。「さっぱりして、会話の楽しい男性」が好みのタイプ。
締めくくりは細木数子さんが2人の恋愛運をズバリ。じっと聞き入る2人の表情が印象的だった。
