快傑えみちゃんねる 2000年04月08日 放送回
4月8日(土) 13:55 ~ 15:20
「快傑えみちゃんねる怒涛の芸能界 涙と笑い七転八起スッペシャル」
内容 【ゲスト】 小 松 政 夫 天 地 真 理 円 広 志 岩 本 恭 生 コージー冨 田 原 口あきまさ ダチョウ倶楽部 松 村 邦 洋
おなじみ快傑えみちゃんねるの春のスペシャルならぬスッペシャル番。 “怒涛の芸能界涙と笑い七転八起スッペシャル”と題して、総勢10人のゲストを迎えて今だから話せる苦労話をぶっちゃけてもらおうという90分。 まず登場したのはダチョウ倶楽部の3人と松村邦洋。4人が腰をおろすなり流れて きたのは『笑っていいとも』のテーマ曲。 トレードマークの黒いサングラスはタモリ!と思いきや、ちょっとばかし様子がおかしい。そこへ「どうも~」と馴れ馴れしく現れた明石家さんまは前歯が出すぎ。 もちろんタモリはコージー富田、さんまは原口あきまさのモノマネ。 よく2人でテレビ出演しているのでコンビに間違えられる。富田は33歳。故郷の愛知県で5年間サラリーマンをしていたが、人前でモノマネをやりたくて上京。かたや原口は25歳。最初はコントのユニットを組んでいたが全然売れなかった。「お金がないから、コンビニ弁当にするか銭湯に行くか、よく迷いました」。 2人の先輩にあたるのが岩本恭生。『ものまね王座』でブレイクしたが、もともと役者志望だったので、今後は自分の好きな道に進みたいと番組出演を一区切りした。「そのとたんに仕事がパッタリなくなり、収入は激減」。仲間に会いたくなくて、ずっと部屋に閉じこもってカップ麺とレトルトカレーばかりを食べていた。 ダチョウ倶楽部もタレントの仕事だけで食っていこうと決めていたので、アルバイトを禁止した。「1本のマヨネーズをすすって空腹をしのいでいた」のは寺門ジモン。親戚の店の赤電話からちゃっかり10円玉をいただいていたのは上島竜兵。「生きるためなんだから仕方ないだろ!」と開き直るしまつ。この上島から「おごってやるから」と酒屋へついていった松村。「オレのバッグに日本酒を勝手につっこむなり、走れ松村!って。そりゃ大急ぎで走りましたよ」。 お笑い界のベテラン、小松政夫は高校卒業後に故郷の博多から上京 した。役者希望だったが、養成学校の授業料が払えずに国産車のディーラーに就職した。巧みなセールストークで営業成績はつねにトップ。大卒初任給の10倍の月給をもらっていたが、芸能界への夢をたちきれずに、植木等の付き人募集に応募した。付き人になって間もなく大阪の大劇場で5分の幕間をまかされた。ところが何をやってもお客さんに受けない。関西になじみのあるネタはないか。 そして思いついたのが神戸出身の淀川長治さんのモノマネだった。これが大受けして芸人仲間に名前が知られるようになった。そして1人立ちして出会ったのが伊東四朗。「ボクにとってはコントの師匠ですよ」。共演したバラエティー番組では次々とギャグを生みだした。その代表作ともいえる懐かしい“しらけ鳥”を当時の人形持参でひさびさに披露してもらう。
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芸能界ではトップをきわめても人気がいつまでも続くとはかぎらない。そこで苦労人の代表として天地真理と円広志が登場。まりちゃんのニックネームでトップアイドルの人気をほしいままにした天地。えみちゃんが「広末涼子なんてメじゃなかったわよね」と水を向けると、天地は「そうよ、もっと言ってちょうだい」と大喜び。 円はデビュー曲『夢想花』が大ヒットしたが、そのあとが続かなかった。大阪の大ホールでのコンサート当日。会場に出かけると、ダフ屋が円本人とは知らずにチケットを売りつけてきた。 「しかも定価の半額。あんまり腹がたったから、オレが本人やて言うたら、逆に迷惑かけるな!と怒鳴られた」。デビュー曲の印税がガッポリはいってきたので、連日連夜飲み歩いていた。ところがある日、奥さんにこづかいを請求すると2万円を手渡されて、これでおしまいと言われた。「ボクの稼いだお金だから、女房は文句一つこぼさずくれていたんです。これじゃイカンと目覚めました」。えみちゃんは「エエ話やね。そんなにできた奥さんが待っているのに、どうして家に帰らへんの?」。 円はあわてて「それとこれは話が違う」としどろもどろ。 さて、後半はこれだけの芸達者がそろったということで“えみちゃんねる歌謡祭”して、モノマネあり最新ヒット曲ありの豪華ステージをたっぷりお楽しみください。
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