快傑えみちゃんねる 2001年1月22日 放送回
谷啓が登場すれば、これをやってもらわなければ始まらない。「ガチョ~ン!」。 もともと言葉遊びが好きで、なにげなく口にしたのを番組スタッフが面白がってくれて、このギャグが生まれた。 「手を引いたり出したりするのは間違い」。テレビカメラのほうがズームアップしたり離れたりするのが本家のこだわり。
谷をはじめ一流ミュージシャンばかりで結成されたクレージーキャッツ。 彼らの人気を決定づけたのが音楽バラエティーの草分け『シャボン玉ホリデー』。コントは台本どおりで「アドリブはほとんどなかった」とは意外な告白。 昭和31年当時、大卒の初任給が1万3800円だった頃、部長クラスの4万円の月給をもらっていた。人気の上昇とともにドンドンはね上がっていった。
「みんな、いくらもらってたん?」とえみちゃんの一言でしばしギャラ談義に花が咲いた。
辻本は二丁目劇場の初舞台が百円だった。「しかも1割引かれて手取り90円」。 京は芸能界入りする前に2年間、保険のセールスレディをしていた。その時の月給が22円。それが劇団の研究生になった途端、70円になった。「エエ商売やなと思たわ」。 ただし昭和20年、終戦の年のお話。辻本は昭和60年の体験談。 「初めてもらったのは1万円なかったはず」。栗原も記憶をよみがえらせてくれた。それに自分の貯金をたして「記念になるように」ステレオを買った。 当時はやっていた観音開きのタイプ。「そんなんあったあった」とえみちゃんは思わずひざを叩いた。
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栗原は生っ粋の江戸っ子。かたや京はその名前のとおり京女。 女優同士とはいえ対照的な2人と思っていたら意外な共通点があった。どちらも目や鼻、口などの顔のパーツが大きい。「別にキライなところはありません」と栗原。 ところが京は「整形を勧められたことがあるんよ」と複雑な表情。ちなみに観相学から見た2人の運勢は 栗原が母性型で健康と金銭に恵まれるタイプ。京は信念が強く、他人の嘘を見抜くことにたけている。 もう一つの共通点は流行にうといこと。2人ともケータイは持っているがメールは送れない。「娘に無理やり持たされたけど留守録もでけへん」と嘆く京。どちらもカラオケの経験もなし。しかし微妙にちがう点もある。「プリクラなんか知らん」京に対して、栗原は経験あり。しかもツーショットのお相手はドラマで共演した大澄賢也。「ハイ、ご一緒させていただきました」と賢也はうれしそう。
すっかり意気投合した東西の女優2人。栗原にはせっかく大阪に来てもらったのだからと、京が自ら暮らす地元、大阪・昭和町の文の里商店街を案内した。 栗原は百円ショップで喜々として買い物したり、タコ焼きに初挑戦して大はしゃぎ。ドラマや舞台では見ることのできない素顔はまさしく必見もの。「活気があってホントに楽しかったわ」と浪花パワーにぞっこんの様子。 えみちゃんが「ふだんはスーパーで買い物とかするんですか?」とたずねると、栗原はすかさず「しまんがな」とニッコリ。
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栗原と京のやりとりをニコニコと聞いていた谷。私生活はじつにユニークなエピソードの持ち主。 30代の頃、新築1年目の自宅を全焼させてしまった。「トロンボーンと衣装を運びだしたら腹をくくりました」。 それからの行動がフツーじゃない。またとない機会だからと燃えている様子を8ミリで撮影しようとした。「オヤジは近所の建築会社の人と新しい家の間取りを相談しているし、オフクロも飼い猫と犬をかかえて火事見物してましたからね」。どうやら血筋らしい。 しかも家が燃え落ちて、することがないからと、焼け跡で家族マージャンをしたとか。「なんちゅ家族や」とさすがのえみちゃんも呆れ顔。
さて、永遠のマドンナこと栗原はずっとシングルを貫いている。 プロポーズは日本人はもちろん、外国の男性からも数知らず。「恋人はいません。結婚?うーん、もうしないでしょうね」と思案投げ首。ちなみに京も鳳啓助と離婚した直後は「ホンマにようモテた」と思い出し笑い。毎夜7~8人の年下の男たちを引き連れて、夜の街を飲み歩いたそう。栗原と京は顔を見合わせてクスクス。どちらも舞台では座長同士、言葉はなくとも以心伝心で理解しあっていたようだ。
