快傑えみちゃんねる 2002年1月14日 放送回
藤岡とキダは関西学院高等学校の同級生で、ともに71歳。
藤岡といえばドラマ『渡る世間は鬼ばかり』の岡倉大吉役でおなじみ。えみちゃんが身を乗り出して小声で聞いた。「泉ピン子さんってやっぱり嫌われてるんですか?」。すると藤岡は手を振って「あれこれ言われるような人じゃないよ」。 大ブレイクのえなりかずきについては「口の回らん頃から知ってるけど、かわいい子ですよ」と目尻を下げた。
父親は平サラリーマンから会長までのぼりつめた立志伝中の人物。しかし藤岡の少年時代は貧しく、隣家のお金持ちの子供になろうかと真剣に悩んだ。「親父に打ち明けたら一言、アホかと笑われました」。
かたや藤村の父親は多くの映画館をかかえる興行会社を経営していた。 裕福だったので、高校生で芸者遊びに明けくれた。えみちゃんが「10代で面白かったん?」と聞くと、藤村は澄まして「当時の遊びといったらそれぐらいしかなかったから」。しかし好事魔多し。父親が破産し、自宅も売却するハメになった。藤村は遊ぶ金ほしさに掛け軸を売りとばした。「父親にバレて怒鳴られると覚悟していたら、逆にホメられた。お前は高いものを見る目があるって。けっこうイイ値で売れましたよ」。ちっとも懲りてない。
初体験は17歳。相手はつきあっていたガールフレンド、ではなくその母親。 「蓼科の別荘で、むこうから誘われて。こういうイイことは伝えなきゃいけないと思って、後日ガールフレンドともね」。藤岡がぽつりとつぶやいた。「俗に言う親子どんぶりやな」。その藤岡の青年時代はといえば、ひたすら消毒液の匂いにまみれていた。
結核のため、17歳から7年間入退院を繰り返していたからだ。「初体験どころか麻酔ざんまいの日々でしたよ」。
奥さんとはお見合い結婚。妹の同級生だった。「若い頃は亭主関白でした」。ご飯の炊き方がなってないと、ちゃぶ台をひっくり返したことも。「最近は優しい言葉をかけられるようになった。亡くなった山岡久乃さんと夫婦を演じて色々と学ばせてもらいました」。 えみちゃんが「それでも浮気はしたでしょ?」と顔色をうかがうと「とんでもない。嘘と思てるでしょ」。えみちゃんはニッコリ笑って「ハイ!」。
このオジサマたちとは対照的に、現在恋愛世代の真っ最中なのが22歳の川村。 3年前、大阪に恋人がいた。「関西の人って、最後にオチをもってくるから、すごく話していて楽しい」。
ふだんは遠距離恋愛。電話でケンカすると、発作的に最終の新幹線に飛び乗ったことも。しかしそれが良くなかった。「彼のマンションのエレベーターで別の彼女といるところにバッタリ」。結局別れてしまった。 えみちゃんは大きくうなずいた。「知りあいの奥さんはドアを外して部屋に踏み込んだらしいわよ」。
藤岡夫妻に子供はいないが、代わりに息子同然のワンちゃんがいる。5歳のラブラドールレトリバー。名前はタロー。「あんたに無断でつけてしもたわ」と藤岡はキダに向かってペコリ。「夫婦仲が柔らかくなるね。いい意味で三角関係です」。川村の愛犬はシーズーのメス5歳。「5キロもあって片手では抱えてやれないのが悩み」。
藤村の愛妻はなんと28歳年下。マネージャーとして毎日行動を共にしている。「ボクは理論武装できないタイプ。彼女は理由づけしてくれるタイプ」。ちなみに藤村の考える理想の女性とは「美しいウソをついてくれる人。ここぞという時に男性に出番を与えてほしい」。さすがダンディズムの極み。
締めくくりはオジサマたちのお宝拝見。キダが持参したのは美空ひばりからの直筆ハガキ。「入院先の福岡の病院からいただきました。家宝です」。達筆の墨文字だ。藤村のお宝は品物ではない。ドラマのセリフ。「最近脚本家がボクをあてこんだ一言を用意してくれるんです。心の中の宝物として大切にしています」。
筋金入りのジャズファンの藤岡にとっては、懐かしいアナログ盤がお宝。「当時はアメリカから船便で3カ月。開封するのに3日間も迷ったほど。思わず匂いをかいで、アメリカの空気だなあって感激してましたよ」。
そんな藤岡がぞっこん惚れこんでいるジャズピアニストがいる。和歌山出身の岸ミツアキ。「俺が待っていたのはコレって感じ。今の若手プレーヤーは頭で弾いているが、彼はハートで弾いている」。そこで岸の伴奏で藤岡はサッチモばりの渋いボーカルナンバー“フェン・ユー・アー・スマイリング”を披露。えみちゃんが「エエわあ」とうっとりすると、キダも岸に向かって「これで後継者ができました」とゴキゲンだった。
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